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    4/30/2009

    グラン・トリノ

     映画『グラン・トリノ』
     監督・主演 クリント・イーストウッド
     
     すごいね、79歳イーストウッド。年をとり、ますますかっこよくなるじいさん。
     人と人の出会いで心あたたまるけど、アメリカ社会ってまったく理解できない。グラン・トリノにはまじしびれる。
    4/24/2009

    長良川河口堰

     久しぶりに長良川へ行ってきた。
     
     長良川の河口堰の建設および運用にあたって、日本中を巻き込む論争が巻き起こった。ナチュラリストを中心とした反対運動は、それまで国が独断で行ってきた公共事業のあり方に大きな影響を与えた。1995年、河口堰は運用開始。運用以降、河口堰付近の葦原(あしはら)は瀕死、周囲にはヘドロが数メートル堆積して、自然環境を壊滅状態に追いやっている。しかし国交省は、堆積しているものを依然として「シルト」であると主張し、河口堰による自然環境への悪影響を認めていない。
     国交省の設置したモニタリング委員会の言い分については↓
     
     とにかく川の流れを完全に分断する可動堰は、どう考えたって自然環境に影響がないはずがない。となりの揖斐川と比べたら、長良川の状態が悪いのは一目瞭然だし、こんなものがあったら危なくて川に近づくことができない。いずれ悪影響を認めざるを得ない時が来るのだから、早いうちのほうがいいよ。先送りにしたってしょうがない。恥ずかしいよ。川にこんな毒キノコが生えたら、もう終わりだな。
     
     長良川河口堰は来年で運用から15年を迎える。吉野川では住民投票で可動堰の建設計画がストップした2000年から10年を迎える。
    心からこのような可動堰ができなくてよかったと思う。
     
     長良川の問題で活動を続けている長良川市民学習会に参加。http://dousui.org/
     河口堰直上下流のヘドロの堆積状況を映像で見せてもらった。また上流側(淡水域)へもバックウォーターの影響で、34キロ地点(河口堰は5キロ地点にある)までマシジミがほとんど観測されなくなっているそうだ。
     さらに今、揖斐川に最近建設された徳山ダムの水を、長良川に導水路をつくって流すというわけのわからない計画が進行中である。徳山ダムは2008年に完成した、日本最大級のダムだが、これも建設事業そのものに必要性がないと反対運動が活発に行われていた。が、結局建設され、水をためたものの、その水が余っているので、今度は長良川に流すということだ。名古屋市の工業用水と木曽川下流のシジミを守るためというのが、この計画の大義名分らしいが、それもまったく根拠がないことは明らかである。
     正しくないことが、権力によってまかり通る、この国は本当に病んでいる。
     市民学習会のみなさんの、息の長い活動に頭が下がる。
     

    free to flow

     アースデイ2009は、Yodogawa~自転車で淀川を走ろう~に行ってきた。
     
    詳細はこちらのブログに↓
    4/23/2009

    しじみ

    吉野川のしじみ味噌汁。今年はしじみが豊漁になっている。 捕れない年があれば、捕れる年もある。 やっぱ吉野川のしじみやねー、うまい。
    4/22/2009

    淀川ものがたり

     河内厚郎執筆 淀川ガイドブック編集委員会編集・著作
    『淀川ものがたり』
     
     古代から近現代に至る淀川の歴史が網羅されており、時代ごとにその移り変わりを感じることができる。
     
    -浪速っ子の私にとって淀川は母なる川である。- 田辺聖子
     
    4/17/2009

    森と海からの贈りもの

     ジェーン・グドール、ジャック・T・モイヤー著『森と海からの贈り物』
     
     森のチンパンジー、海の魚たちを保護するために研究に取り組んできた二人の希望は・・・。
    あたたかな二人のまなざしが心を打つ。
    4/13/2009

    おくりびと

     映画『おくりびと』
     監督:滝田洋二郎
     
     庄内の風景が、また新鮮に目に飛び込んでくる。笑いあり、涙ありで楽しませてもらった。
    もっくんと山崎努さんの動きが素晴らしく美しい。

    牧野植物園

     東へ出かけた後は、西のお隣の高知へ。
     こちらも念願の牧野植物園を訪ねる。
     
     牧野富太郎氏についてはほとんど知らなかった。が、植物のスケッチを見て牧野ワールドに惹き込まれてしまった。
    雨上がりの、桜吹雪の植物園で、植物に囲まれると幸せを感じる。穏やかな日。
    4/10/2009

    三内丸山

     青森では、こちらもずっと行きたかった三内丸山遺跡に足を伸ばした。
     
     三内丸山は、今から約5000年~3500年前の間の縄文時代遺跡である。最大で500人が暮らしたとされる集落で、縄文遺跡としては日本最大と言われている。
    この集落は「栗」の文化で栄えた。高さ30メートルにもなる塔、柱6本で支えられ、柱は一本8トンも重さがある。高床式倉庫や住居の建材にはおもに栗の木が使われている。
     
     当時、気温は今よりも温暖で約3度程度平均で高かったと言われおり、海水面も高かったと考えられており、集落のそばに海岸がせまっていたため、集落からは海の生物の骨がたくさん出土している。1メートルを超えるタイの骨など圧巻である。
     
     縄文の遺跡からわかることは、人間がいかに自然環境に依存しており、また運命を左右されてきたかということである。左右され思い通りにならないかわりに、その社会は持続可能であった。資源が必ず次の世代に受け継がれるよう、人間の暮らしも慎ましやかであり、またそうせざるを得なかっただろう。
     
     遠くに、前日のぼった雪をいただく八甲田山がそびえていた。
     

    八甲田~

     今年のスキーの締めは、念願の八甲田へ。テレマークの師匠・松尾さんと青森行。
     
     バックカントリーの、あんなに大きな斜面を滑ったのは初めてだったので、しばらく興奮がおさまらなかった。とにかく気持ちよかった。
    滑降中は、「シンプル」という言葉だけが、頭の中をめぐった。シンプルに滑れただろうか。
     
     八甲田ケーブルの山頂駅からゆるやかなのぼりとトラバースを約一時間。目指すは山の反対側のノ―トラックの斜面。現場を知り尽くしたガイドさんが案内してくれる。斜面はまだまだたくさんあるのだろうな。
     
     宿泊は、湯治場としての歴史古い酸ケ湯(すかゆ)温泉にて。こちらも完成したサービスで大満足。
     
     八甲田と酸ケ湯、青森にまた絶対来るだろうな。
    4/9/2009

    free to flow

    義民が駆ける

     藤沢周平著『義民が駆ける』
     
     江戸時代後期、三方国替えという形で突如幕府から、領地の移転を迫られた荘内藩酒井家。幕府の命令には、どんなことがあっても従わなければならない時代である。
    しかし荘内藩の農民が、「百姓といえども二君に仕えず」と立ち上がった。百姓が江戸にのぼり、直訴を試みる。利害が対立するなか、半年後に幕命撤回を勝ち取ることになる。
     
     吉野川の住民運動を連想した。
     荘内へ出かけ、タイムリーに読んだので、土地カンもクリアで印象深い。各駅停車車内で一気に読み終えてしまった。
    4/8/2009

    白鳥と祈り

     各駅停車列車にて鶴岡をあとにする。庄内の穀倉地帯で越冬する白鳥たちの姿が、ちらほら。
    出羽三山の雪景色を、きっと忘れることはないだろう。
     
     -常に新しい自分を発見すること-
     
     鶴岡ー村上ー新潟14時ー直江津16時ー妙高17時半。
    いつもパウダースノーでお世話になっている妙高山を列車の窓から望む。
     
    昼食:駅弁秋刀魚と車海老(新潟駅)
     
     長野に18時過ぎ着。善光寺の宿坊泊。夜の寺院にも、参拝の人が絶えない。
     
    夕食:信州かけそば 野沢菜漬物 おやき
     
     朝6時半起床。善光寺、参拝の人が絶えない。場が人を集め、文化をつくる。祈りについて想う。
     
    朝食:おやき×3 コーヒー
    昼食:駅弁岩魚ずし(塩尻駅)
     
     長野8:22ー松本ー中津川ー名古屋ー米原ー尼崎―伊丹16時
    姨捨駅のスイッチバック停車は、各駅停車でなければ体験できないことを知った。駅からの千曲川を望む景色が素晴らしかった。
     
     2日間の列車移動、本を読み、飽きたら景色を眺め、飽きたら眠る。
     
    4/6/2009

    羽黒山

     早朝6時、鶴岡の朝。小雨。
     羽黒山へのぼる。
     
     羽黒山は、出羽三山の一つ、修験道の霊場であり、およそ1400年前に開かれたとされている。
    二千百四十六段の石段が続き、山頂には三神合祭殿がある。途中、森に同化したかと思われるような国宝・五重塔がそびえる。大きな杉の森は、霧に包まれて、いっそう厳かな気分になった。
     早朝のためか、雨天のためか、他には人影がまったくなかった。残雪の道のりは、「まだ終わらないで」と、願うばかりの修験道だった。
     
     次は、雪の月山と湯殿山に出かけたい。
    4/3/2009

    海坂

     群馬県のJR沼田駅、久しぶりの青春18きっぷ各駅停車の旅のスタート。
     
     目指すは山形県鶴岡市。大好きな作家・藤沢周平のふるさとであり、作品にも「海坂」という架空の舞台として多く登場する。山田洋次映画監督の作品『たそがれ清兵衛』(原作は藤沢周平)などの舞台にもなっていて、いつか訪れてみたいと思っていた。
     
     列車での旅路、途中、川下りで有名な利根川の水上を過ぎる。新潟へ抜けるトンネルでの乗り継ぎ待ち時間に2時間、新潟17:30、村上、あつみ温泉と乗継ぎ、鶴岡へ到着する。
     
     鶴岡にて、「致道館(ちどうかん)」。致道館は、1805年に庄内藩の藩校として、藩主の酒井忠徳(さかいただあり)によって創設される。
    荻生徂徠の提唱する徂徠学を教学として、生徒一人ひとりの個性を伸ばし、自ら考え学ぶ意識を高めていくという校風を守りぬいたという。
     致道館という名称は、孔子の論語「君子学んで以てその道を致す」という教えに由来している。
     勤勉の中に、人間の美しさを垣間見た。荻生徂徠について学びたい。
     
     致道博物館では、最上川の漁撈についての展示が充実していた。特に目を引いたのは、イオ漁(サケ漁)についてであり、かつてサケをヤス、鉤、ハサミで捕獲していた。最上川には、サケの千本供養塔が祀られ、サケの大漁時にサケの霊を祭っていた。サケは、単なる収穫物であるのみならず、信仰の対象であったことが興味深い。サケを取り巻く北方の文化圏について想う。
     
     釣り具やでは、庄内竿を見せてもらった。
    庄内竿は主に苦竹(にがたけ)という種を材料として作られおり、細いがとても強く、継いで作られているのが特徴。この風土が生んだ、素晴らしい技術。持たせてもらうと、驚くほどしなる。欲しいと思ったが、目が飛び出すほどの値段・・・。
     
     郷土料理の何を食べてもおいしい。「麦きり」「かすべ」など。
     
     藤沢周平の『義民が駆ける』を読み始め、止まらない。
     
     庄内の空気を思い切り吸い込む。
    4/1/2009

    泙川

     7時、テントで目を覚ますと、ぽつりぽつりと雪のような雨。次第に大粒の雪へと変わっていく。
    昨夜の鍋に米と味噌を放り込み、朝食は雑炊になる。
     
     続いて泙川(ひらかわ)に竿を出す。こちらも利根川の支流。林道に車を止め、おそろしく急な山斜面の森を下ること30分。泙川の中流部にあたる広い河原に出る。遠くにそびえたつ山々の険しい山岳地帯の「溝」という印象であり、人工物いっさい見当たらない。谷間を川の水が自由に流れている。
     
     まだ雪も多い。水は刺すように冷たい。「あるがまま」に流れている川を見ると、「自由」について想う。本来の川の姿は、言葉にするまでもなく美しい。これをしっかりと目に焼き付けておきたい。
     
     この川の下流を想像してみる。おそらくわずかばかり行ったところで、堰堤で流れは分断され、水を堰止められ奪われるだろう。多すぎる有機物質が排水から合流するだろう。川岸はコンクリートで固められ生物は暮らしにくくなり、最後はダムで何日間も水は滞流するだろう。
     
     首から上だけが黒いガンが1羽、ぼくの足音に驚いて飛び立っていった。キセキレイ、カワガラスがたくさん飛びまわっている。
     
     水面から顔を出している石には、広葉樹の落葉が何枚も引っ掛かり、それがまるで模様を描くようなコントラストが広がっている。
     
     川虫を捕まえようと試みるが、何秒も続けて水中に手を入れることができない。手が悴んでしまう。
    わずかに捕れた虫は、びっくりするほど小さくて、まだ生まれたばかりなのだ。
     雨から雪に変わった天気は、いつの間にか太陽が顔を出して暖かくなった。
     
     前半まったく釣れずに来たが、川幅が狭まり、傾斜がきつくなってきたところで、タローが続けてヤマメとイワナを釣る。ぼくも一匹釣りあげた。昨日と今日の苦労は、これですべて解消した。まったくゲンキンなものだ。
     
     
     泳がないとこれ以上は進めない、というところで釣りは終わり。林道に上がるために、沢を巻くことになるが、一歩足を滑らせると死というような生命の危険を感じる急斜面をのぼる。心拍数が一気に上がる。なんとか切り抜け、再び別の沢におり、その沢を辿ってさらにのぼる。こんな山の中に堰堤が突然、出現する。どこの川でも「こんなところにどうやって!」と驚くような人工物に出会うことがある。工事のための工事と、目を疑うものばかりである。ロッククライミングで堰堤を巻き、ようやく林道に出る。林道を30分たどり車に戻る。途中、カモシカが10メートルの距離で顔を出した。カモシカは本当に、人を怖がらない。
     
     しかしタローは、こんなハードなストイックなマゾヒスト的な釣りをいつもやっているんだろうな、とほとほと感心する。「関東ではこれぐらい苦労しないと釣れない」と言う。あとから釣り人に聞いたところによると、ぼくらが釣りを切り上げた沢で、昨年は3人滑落事故で亡くなっているそうだ。
     
     竜宮温泉に浸かり、濡れそぼった体を温め、そばの片品川と栗原川の合流点の河原にテント設営。焼酎を飲み、すぐに酔っ払い。
    イワナの刺身、ヤマメ塩焼き、キャンプ地に生えていたフキノトウ天ぷら、スーパーで買ったナメコ入りワンタンスープという豪華夕食メニュー。21時就寝。