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31-3-2009 栗原川 まだまだパウダースノーも滑りたいのだが、寒が緩んだので渓流へ行きたくむずむず。
吉野川仲間のタローと一緒に、利根川上流部へ行ってきた。
八ッ場ダム(やんばだむ)問題に揺れる利根川を初めて訪れる。
↓八ッ場あしたの会website
寒が緩んだかと思いきや、再び戻りである。
まずは栗原川。素晴らしい渓流環境。
林道脇に車を止め、川へ降りる。支流の堰堤下で、さっそくタローがイワナをあげる。竿を出してすぐのことだったので、今日は釣れるんじゃないかー、と期待したが、その後はまったくだめだった。ぼくには当たりが一回あっただけ。
えさのブドウ虫に食いつかないのか。いつもはバカスカ釣れるポイントらしい。魚影もほとんど見えない。
午前中いっぱい、川をさかのぼり、釣れないが、素晴らしい渓流環境に満足し、この日は切り上げる。
片品村に入ったところで、川沿いにナイスなスペースを見つけ、テント設営。
まだ雪がたくさん残っている河原、朝、足先が冷え込み目を覚ます。
都賀川 兵庫県六甲の都賀川へ行ってきた。
都賀川は六甲山から流れる、県管理の川である。
2008年夏、この川の水かさが鉄砲水によって急激に増して10人以上が飲み込まれ、川遊びをしていた子どもが亡くなった。
都賀川は支流を入れても全長3キロ足らず、傾斜が急で降った雨が短時間で海まで流れ出す。この夏の惨事は、急傾斜の川と局地的な雨という条件が重なったことによっておこったと言われている。
最上流部はどうなっているのかわからないが、川の大部分がこのように三面コンクリート張りで直線化している。これでは降った雨が、遊ぶ余裕もなく、短時間で川を流れることは自明の理である。また雨水だけでなく、家庭からの排水も川に流れ込んでいる。人口の密集している地域なので、排水の量もばかにはならないはずである。
ぼくのこの川の第一印象は、「排水路」である。降った雨をできるだけ速く海に流してしまおう、という近代治水の象徴である。日本の都市河川はほとんどが、この姿に変容している。
問題は、これを「川」だと認識して育っていくこれからの、いや現在の人間である。
これを「美しい」川だと、「川」とはこういうものだと認識して育っていくだろう。これを「川」だと思ってしまうだろう。
それでも人は、癒しや何かを求めて水辺空間にやってくる。
そこで考えなおさなければならないのは、「親水」の意味である。
歩道があるから、河道が蛇行しているから、ビオトープがあるから、「親水」なのではない、「多自然」なのではない。そんな見てくれや表面的なことで、川と人が共生できないことはこれまでに十分学んだはずである。
この川に稚アユを放流したからと言って、魚が住める環境であるはずがない。
もともと都賀川がどんな姿であったかを問い直し、住民と話し合い、水のエネルギーを分散させる方法を探る必要がある。
「本来どんな姿であったか?」を問い直すところに、すでに半分以上の答えが含まれていると思うこのごろである。
10-3-2009 ハウル 映画『ハウルの動く城』
なぜか機会を逸していて、ようやく観た。ストーリーが急展開で進んでいくので、ひとつひとつに込められている意味を紐解くのが大変だが、見ごたえがあった。
何より木村拓也の声がかっこよすぎでしょう。 遊び場と食糧貯蔵庫 さて先述のマリンピア沖洲埋め立て工事について。捕ってきたオキシジミの味噌スープは、びっくりするぐらい旨くて感動。
今後新たな道路建設は本当に必要なのか。徳島県人口は80万人を割り、今後はいっそう人口の減少が予測されている、というかそれは確かである。
莫大な資金を投資して、美しい山河を切り崩してまで、もうこれ以上道路はいらない。
渋滞するなら、少し時間がかかるのを我慢すればいい。むしろ公共交通を利用、もしくは歩いてゆっくりいけばいい。
だから徳島の行政には、がんばって車用の道路を作るのではなくて、がんばって公共交通機関の充実を図ってもらいたい。
マリンピア沖洲の埋め立て工事は、もうこんなに進行している。ぼくの遊び場と食糧貯蔵庫を壊さないでくれ。
-人間社会は健康な生態系に依存しつつ、そこから貴重な利益を享受している
『生命の川』サンドラ・ポステル著より
↓マリンピア沖洲埋め立て
加藤登紀子さんの歌「la revolution」の一節
- 400年前の森を切りきざんで
砂浜や川や湖を
コンクリートでかためて 生きものたちを
豊かさのいけにえにしていく 3-3-2009 ホルテンさん 映画『ホルテンさんのはじめての冒険』
ノルウェー作品
定年を間近に控えた生真面目な運転士、ホルテンさんに起こるさまざまな不可思議な出来事。
「人生は手遅ればかりだが、逆に考えれば何だって間に合う」
圧倒的なノルウェーの冬雪景色を往く列車がとても印象的。 スロー・イズ・ビューティフル 辻信一著『スロー・イズ・ビューティフル』
ー文化の本質をその「小ささ」と「遅さ」によって定義したい。ある特定のサイズやスペースを超えた時から、ある文化を文化としてきた本質的な何かが、失われ、あるいは損なわれる。そんな時に至っては、それを文化と呼ばないことにしよう。
「より遅く、より少なく」、ぼくも辻さんと同じ気持ちであり、それ以外には考えられない。「今」を置き去りにして、どこへも向かうことはできない。 |
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